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2023.04.01

「神さまが与えてくれた」。そう思えるほど、動物に関わる人生は特別なもの。


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畑先生とともに、小動物から大型動物まで様々な動物の生態や魅力、動物との触れ合いやコミュニケーション、経験の大切さなどをなごやかに語り合いました。

  • 東武動物公園動物園事業部 勤務
    山田 篤さん
    水族館・アクアリスト専攻卒業

    学生時代は時間がたくさんありますから、分野に限らず、本をたくさん読んでおいてほしいですね。動物に関する資料を作るときにも、ほかの飼育係と情報を共有するための文章力の大切さを感じています。

  • 東武動物公園動物園事業部 勤務
    根本 恵里さん
    動物園・動物飼育専攻卒業

    私は学生時代に動物のトレーニングをするグループのリーダーを務めていました。みんなで「どうしよう?」とコミュニケーションをとりながら、少しずつステップアップしていく経験は、いまの仕事にも役立っています。

 

ヒナの毛からもわかる素晴らしい自然のしくみ

:みなさんは、どうして飼育員を目指したの? 根本:私は子どものころからペットに元気をもらっていたので、私も動物を通してみなさんに元気をお届けする仕事をしたいと思っていました。その念願がかなって、3年半前から飼育係として働いています。 :それはよかったですね。動物を担当するのは自分で飼っていることと同じだからね、毎日が楽しいでしょう? 根本:はい。責任も感じますが、やっぱり楽しいです。 :どんな動物を担当していますか? 根本:オットセイのショーやラマの馴致(じゅんち。動物を飼育環境になれさせること)もやらせていただいていますが、メインで担当しているのは、コブハクチョウ、コクチョウやカモなどの水鳥です。 :コクチョウは子どもを産んだ? 根本:うちにはこれまでオスのコクチョウしかいなかったんです。でも、つい最近、メスがやってきました。 :じゃあ、産まれるかもしれないね。 根本:はい。楽しみです。 :コクチョウのヒナは白っぽいんだよね。反対にハクチョウのヒナは黒っぽい。巣立って飛べるようになるまでは、親とは色がはっきり違うんです。 根本:子どもが目立つと親が守りやすいからですか? :そうそう。自然の素晴らしいしくみのひとつだよね。 山田:私は飼育係になって18年になります。いまは主にペンギンやオットセイなどを担当して、ペンギンのショーなども行なっています。もともと熱帯魚が好きで、水族館で働きたいと思って水族館・アクアリスト専攻に入学したんですが、実習で海獣の魅力にひかれ、方向転換をしました。 :なるほど。海獣は面白いからね。 山田:はい。ただ、ラマやライオン、マントヒヒを担当していたこともあります。 :それはうらやましいなあ。マントヒヒも面白いよね。 山田:面白いですね。マントヒヒのボスは、別の動物が近づいてくると弱い立場のマントヒヒを前に出して、その後ろに隠れるんですよね。動物のボスは群れを守るイメージがあったので意外でした。 :それはね、弱いものをいけにえにしているわけではないんだよ。実際は逆なの。 山田:そうなんですか? :前に出すのは、「仲よくなりなさい」という意味なんだよね。ゾウも同じで、ライオンが近づくと子どものゾウを後ろに隠してしまうんだけど、インパラなんかの草食動物が近づくと、子どもを「行け、行け」と前に出すんだよ。これはね、「インパラとは仲良くならないとだめだよ」と教えているんです。 山田:なるほど。ボスのマニュアルというものはないんですね。  

観察ポイントは自分で見つけるそれが動物と仕事をする意味

根本:畑先生にお会いしたら、ぜひお聞きしたいと思っていたことがあるんです。動物園の飼育係は、ご飯をあげたり掃除をするだけでなく、動物のさまざまな変化に気付かなければいけないと思います。私は飼育係になってまだ3年半で、もっと動物を観察する目を養いたいのですが、そのために大切なポイントは何でしょうか? :山のようにありますよ。でも、それはぜひ自分で見つけてほしいな。それこそが動物と一緒に仕事をしている意味だからね。何より、その方が楽しいじゃない。さっき、山田さんがペンギンにエサの魚をやっていたところを見せてもらいましたね。ペンギンがパクっと魚をくわえたとき、頭から食べようとして何度もくわえ直していたでしょう?ここで「これはなぜだろう?」と考えることが観察の入口なんです。僕はね、エサの魚を2つに切って、頭と頭をくっつけたり、しっぽとしっぽをくっつけて与えてみたことがあるんですよ。 根本:どうなりましたか? :どちらから食べていいかわからなくなってしまったの。それからしばらく魚を食べてくれなくなって困ったなあ。 全員:(笑)。 :でも、そのおかげで鳥類の口にはセンサーがあって、うろこの流れで頭としっぽを判断していることがわかったんですよ。飼育の仕事に慣れてくると、毎日を平凡だと感じてしまいがちだけど、そうなってはだめ。平凡の中から新たな発見をして、動物の奥深さに迫っていくことがこの仕事の醍醐味なんだからね。 根本:常に「どうして?」と疑問をもって、考えないといけないんですね。 :そうそう。同じ動物でも2頭いると行動が全然違うでしょう? 「来てごらん」と声をかけると、1頭はこちらに来るけど、もう1頭は知らんぷりをしていることがある。そんな時は、どうして一方は知らんぷりをしたか考えてみてほしいな。 根本:同じ種類の動物なのに、ご飯の好みが全然違うこともありますね。「どうしてこの子は白菜を食べるのに、こっちの子はキャベツの方が好きなんだろう」と戸惑うことはしょっちゅうです。 :それはね、お母さんのお乳を吸っている時期にどう育ったかで違ってくるんです。人間もそうだけど、動物はこの時期についたクセが生涯消えないんだよね。馬の放牧場に行くとトリカブトがいっぱい生えているけど、馬は絶対に食べないんですよ。 山田:トリカブトには毒があることがわかっているんですね。 :小さいころに身に付いた習性なんだね。こんなことを言うといけないかもしれないけど、飼育係がいちばん楽しいのは、動物園が困るときじゃないかな。 根本:どういうことでしょう? :動物園が困るのは、動物の親が育児放棄をするときじゃないですか。でもそれは、飼育係にとっては大チャンス。「私がやります!」と言って、ヒナを抱きしめて離さないぐらい世話をしてやると、いろんなことが見えてきて面白いよ。 根本:ヒナが教えてくれるんですね。 山田:育児放棄の話だと、私はペンギンとオットセイの赤ちゃんを育てたことがあります。でも、オットセイはうまくいきませんでした。南アフリカから野生のオットセイがやって来たのですが…。 :妊娠していたんだね? 根本:そうなんです。子供のオットセイが来ると聞いていて、体も小さかったので、妊娠の可能性を考えなかったんです。1カ月ぐらいしたら同じぐらいの大きさのオットセイが1頭増えていてびっくりしました。お母さんも幼いので、まったく面倒をみてくれなくて。 山田:お乳は見てみた? 根本:はい。まっ平らでした。でもミルクは出てくれなくて。 :オットセイはお乳が大きいと岩礁に上がるときにこすれて乳房炎になってしまうから、お乳はまっ平ら。そのお乳からミルクを出させるには、「お乳がほしいんだよ」と何日もこすってやるといいんだよ。そうするとね、脳が反応して乳房が発達しはじめるんです。 山田:そんな方法があったんですね。 :乳房が発達すると、脳が「子どもを育てよう」と思うようになるわけ。それから、海獣は乳首からミルクを吸わないから、ほ乳瓶を使ってもミルクを吸わないはずだけど、どうしたのかな? 山田:そうなんです。平らなところにミルクを流してみたりしたのですが…。 :いろいろ試してみたんだね。僕も初めてオットセイの赤ちゃんを育てたときには、アメリカのスミソニアン(国立動物園)に電話して教えてもらいましたよ。そこで聞いた答えは「カテーテルでミルクを注入したらいい」と。ミルクはどうやって作ったの?僕のときはまだレシピはなかったので、ミルクのメーカーの研究室から粉ミルクを送ってもらって、それを溶かして与えたね。 山田:最近では海獣用のミルクができています。普通のミルクとは脂肪分が全然違うんです。 :少しの違いで下痢になってしまうことがあるから気を付けないといけないね。下痢になるとなかなか治らないから。 山田:子どもの時にお腹をこわしてしまうと衰弱が激しいんですよね。「大人になるまでに下痢を2回起こしたら危ない」と教えられました。 :動物の赤ちゃんで言えば、嵐で吹き飛ばされたカラスの赤ちゃんが家の前に落ちてきたことがあってね。「よし、育ててやろう」と裸になって温めたの。1週間ぐらい経って野生に戻したけど、その後も僕が外に出たら必ず飛んできて、カラスのことをいろいろ教えてくれました。動くこと、話しかけることが刺激になって、全部ヒナに伝わるんだね。そうなると、もう可愛くてしょうがないよね。 山田:カラスのヒナは特に可愛いですからね。 :卵からかえってすぐの鳥は、どうやって体温を与えるかが大切です。僕たちには自分の体があるでしょう。この体はいろんなことに使えることを忘れないでほしいですね。以前、ダチョウの卵をもらうことになった時には、「保温箱が必要です」と言われて残念に思ったなあ。自分の体があるじゃない。抱いて運べばいいじゃない。僕たちの体は36度ぐらいの温度を保っているんだからね。 山田:動物園の世界では、卵の移動は保温箱を使うことが確かに一般的になっていますね。車で移動する時には、保温箱用の電源を取れる車を選んでいます。 :そういうことに慣れてしまうと、目の前の飼育舎で起こっていることにすぐ行動できなくなってしまうから、自分の体を使った方がずっといい。そうすると自分がお母さんになった気持ちになって、ますます動物と接するのが楽しくなるはずですよ。  
 

何百回も何千万回も悩んで試行錯誤して、そしてわかっていく

:ところで、2人は亡くなった草食動物を解剖してみたことはありますか? 山田:解剖に立ち会ったことはあります。草食動物は腸がものすごく長いですよね。 :顕微鏡で見てみましたか? 山田:そこまでは…。 :それはもったいない!胃袋からはヌメヌメしたものがいっぱい取れるから顕微鏡で見てごらん。「うわーっ」となるぐらい細菌のかたまりがあってね、素晴らしいよ。夢に出てくるぐらい。 全員:(笑)。 :動物の消化器官にはそれだけの細菌がいて、動物が食べたものを分解してくれることがよくわかります。解剖を経験したことは一歩前進だけど、もう一歩進まないといけない。それが顕微鏡で見るということだね。解剖させてもらう動物に対して、それぐらいしないと申し訳ないという思いを持たないといけないね。 山田:はい。次の機会には、ぜひ見てみたいと思います。 :普通は「そこまではしなくてもいいや」と思いがちだけど、顕微鏡は動物を理解する上で非常に大切な武器なんです。フンひとつ取っても面白いよ。フンを割ると中からいろんなものが出てくるでしょう。それをスライドグラスに乗せて見てみてごらん。これがまた面白いんだ。われわれの体もそうですよ。僕は2人の体から3種類ぐらいの原生動物を見つけてみせるよ(笑)。綿棒を自分のおへその穴に入れて、生理食塩水に浸して見てごらん。必ず見つかるから。 根本:それは興味がありますね。今度ぜひやってみます。 :人間の体でもそうなんだから、滅菌してない動物は、もっとたくさん菌がいるのは当然だよね。 根本:お話をうかがっていると、自分には知らないことがたくさんあると痛感します。私は経験が少ないですが、動物に対してそれは言い訳になりませんから、何かあっても慌てないように、少なくとも知識はもっともっと身に付けないといけないと感じました。 :たっぷり悩んでいいんですよ。僕も何百回、何千万回と悩んで、試行錯誤して、ようやくすこしわかってきたんだからね。先輩の山田さんもきっとそうでしょう? 山田:私も新人のころには慌てる経験をしています。注射筒の先にゴムチューブを付けてペンギンの赤ちゃんの口元にやっていたら、チューブが抜けてそのまま飲んでしまったことがあるんです。獣医さんと一緒にピンセットを使ったりして、何とか取れないかやってみましたがダメで。でも次の日に吐き出してくれていてホッとしましたが、あの時はどうしようかと思いました。 :慌てずにじっくりとその動物の特性を考えることが大切だね。鳥の消化管には素嚢(そのう)という部分があって、大きな物はそこから下にいかないようになっているの。うまくできているんだよ。僕は「ダチョウが釘を飲んでしまったけど、どうしたらいいでしょう」という相談を受けたことがあるんだけど、どうしたらいいと思う? 山田:私ならサラダ油を飲ませるでしょうか。麻酔をかけて切開するとなるとリスクが大きいですから。 :正解!アメリカのオレゴン州にある野鳥センターに行った時にも同じようなことがありました。釣り針を飲んでしまった鳥がいて、獣医さんが「いまから麻酔して切開します」と言うんだよ。でも、鳥の麻酔は難しいんだよね。 山田:そうらしいですね。鳥はものすごく感受性が強いから、麻酔をかけるとそのまま起きられなくなることもあると聞きました。 :鳥に適した麻酔薬はあまり開発されてないんだよね。そこで僕は獣医さんに「待ってくれ」と言って、鳥は他の動物より粘性が高いフンをすることを説明しました。釣り針もフンにくるまれて出てくるはずだと話したら、「もう1日待とう」ということになって。釣り針は無事にフンと一緒に出てきましたよ。
根本:よかった。 :同時に思ったのは、初対面の僕の意見を聞き入れた獣医さんは偉いなということでした。動物の命が助かる方法を一生懸命に考えて、柔軟に意見を聞き入れた。これはなかなかできることではないですよ。 根本:飼育には答えがないから、いろんな意見があるんですね。私もいろんな意見を柔軟に聞いて、その中から「自分ならこうしていく」というやり方を持てる飼育係になりたいと思います。 :素晴らしいね。そういう飼育係が増えてくれると動物園がもっと素晴らしいところになりますよね。動物と関わる仕事をしている人生というのは特別な人生なんですから、充分に楽しんでください。 根本:はい。がんばります。 :僕は今日、嬉しくてしょうがないんですよ。世代は違うけれど、僕はみなさんを仲間だと思っているんです。会った時の顔つきだけでそう思ったし、話す言葉でもわかります。ひとつひとつ話を聞いて、「ああ、同じことをやっている仲間だ」と思いました。 根本:ありがとうございます。 山田:私は、先生がおっしゃった「特別な人生を楽しみましょう」という言葉がとても印象に残りました。動物に日常的に関わることはそもそも特別なことなんですよね。その特別な機会を得られているのは幸せなことだと改めて感じました。 :神さまから与えてもらったんだよね。動物飼育の学校で学んで、今こうして動物園で働いているのはいろんなめぐりあわせがあってのことかもしれないけど、責任をもってその道を歩んでいるというのは素晴らしいことですよ。